アウストラル街道を自転車でゆく

雨が薄い壁を叩く音、風が背の高い木々を揺らす音で目が覚めた。重いまぶたを上げてみるが、まだ闇だった。再びまぶたを閉じるが、なかなか寝付けないでいると、隣からいびきが聞こえてきた。この夜、僕の左隣には2人が眠っており、彼らは推定50歳代後半のアメリカ人のマイクと、40歳代中盤のスロバキア人のレロンド。考えてみると、彼らと共に旅をしていることはすごいことなのではないか、と思った。

アウストラル街道の南の起点の町オヒギンスに行くフェリーには僕を含め、6人のサイクリストが乗っていた。オヒギンスで1泊した次の日、3人が午前中に出発し、残りの2人と僕が午後に出発した。その2人が隣で眠っている2人で、オヒギンスから至って自然な流れで一緒に行動しているのだが、これってサイクリスト同士という仲間意識があるからこそだと思ったのだ。
バックパックで旅をしていても、異国の年齢が離れた人と一緒に旅をすることにはなかなかならない。しかし、わざわざ自転車という手段で旅をしている者同士が出会うと、お互い妙に親しみを覚え、共に行動するのだ。

旅を始めて4ヶ月の中で、アメリカとメキシコではちょい年上の日本人サイクリストのヨシとカズと1ヶ月強、キューバで40歳代中盤のフランス人のエティエンネと4日程、パタゴニアではフエゴ島で出会った40歳代中盤のスイス人のクリスと30歳代中盤のドイツ人のファルコとちょくちょく一緒に走っている。そして今回はアメリカ人とスロバキア人。

自転車で旅をしているからこその出会い。自転車で共に旅をすることは、寝食を共にするということで、濃密な時間を過ごすことになる。話は旅から人生、民族から歴史というように多岐に渡り、今回スロバキア人のレロンドからスロバキアの歴史について生の声を聞けたことは特に興味深かった。こういった出会いも自転車で旅をする面白さだと感じる。

さらに恵まれていると思うのは、ほとんどの場合に僕が年少であること。数多くのサイクリストとの出会った中で、日本人以外はほぼ欧米人であり、彼らの多くは40歳以上である。共に旅をするときも、すれ違いに話をするときも、彼らが温かい目で見てくれる理由の一つが「若者」であることは間違いない。なんとなくだが、僕の失礼な部分を大目に見てもらっている気がするのだ。

アウトドア系の旅を共にすると、全てが自由なだけに選択肢が多く、お互いの自分自身がよく表れる。24時間一緒な中で、例えば起きる時間、走るペース、食べるもの、使うお金など、国籍も違えば、年齢も違う中で、互いにどれだけ寛大になり、許容しあえるかが一緒にいられるポイントだと思う。そういった中で若者だから優しくされている部分がある感じがするし、と同時に人生の先輩である彼らから様々なことが学べるのだ。少しずつ成長させてもらっている気がする。良いタイミングで旅に出たと実感した。

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追記:スロバキアでロランドと再会

[スロバキア]カメラマンサイクリストにお世話になる

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