[キリマンジャロ登山]4.マチャメルートのスタート地点とキリマンジャロの歴史

タンザニアとケニアの国境がどうなっているかご存知だろうか?

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直線がキリマンジャロ山のところで歪んでいる。この歪みは、1885年のベルリン会議でアフリカが分割され、イギリス領ケニアとドイツ領タンザニアの国境線が決められたときにはなかった。国境線はまっすぐで、ケニア山とキリマンジャロ山は、どちらもイギリス領になっていたのである。

だが、1889年、ドイツ人のメイヤーがキリマンジャロの初登頂に成功すると、ドイツ皇帝ウィルヘルム2世はキリマンジャロ山が欲しくなった。そこで祖母であるイギリスのビクトリア女王に、こう頼んだ。「イギリス領には高い山がふたつもあるのに、ドイツ領にはひとつもありません。キリマンジャロ山をドイツにください。」

そんな経緯で現タンザニア領になったキリマンジャロを僕らは登る。出発ゲートにて知ったのは、僕ら4人の他に、スーという名の中国人も一緒だということ。まあアジア人5人で仲良く行こうじゃないか。実際、僕らの他のアジア人を4日目まで見かけなかった。

マチャメルートのスタート地点のマチャメの標高は1800mで目指す先は3000m。初日は木々が茂る気持ちの良い道を歩く。雨具や水や携行食などの必要なもの以外の荷物を持たなくていいのは本当に楽だ。すべてポーターが運んでくれる大名登山。ガイドもいるので、自分が考えるのは登頂のみ。こんなの始めて。

初日のキャンプ地に着くと、テントが張ってある!しかもテント広いし。4人用テントに2人で寝る。そんな贅沢な感じじゃなくてもいいんだけどなあ。用意されていたポップコーンをつまみながらミロを飲み、一息入れる。んでテントに戻ってリラックス。夕食の声がかかり、腹を満たして床に着いた。

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行くぜ!

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と思いきやお疲れの様子。長時間フライトから休みなしだもんな。

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はじめは広々とした道。

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荷物を持つポーターにどんどん抜かれてゆく。僕らはポレポレ(スワヒリ語:ゆっくりの意)で進むのだ。

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おさるさ~ん。

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アシスタントガイド。

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屋久島を彷彿させる濃い緑。

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アシスタントガイドではない、僕らのガイドのジェームズ。

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山頂付近は雪がかかっている。赤道付近にして雪がある、というのがキリマンジャロのウリ。

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頭に荷物を載せるポーターの真似をするリリー。危ないからやめろ、とガイドに怒られていた。

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初日はマチャメハットまで。ささっと3000mまで上がってきた。

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テントに入るとお湯がふるまわれる。良い使い方がわからず、足をつけてみた。

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ポップコーンとミロ。コーヒーや紅茶もあるよ。

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夕食の様子。

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スープから始まり、パンとポテトと肉。山にしては充実の内容。

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