思わず叫んでしまった。僕の声は木霊せず、連なる山々の間に吸い込まれていった。標高4000mを越える尾根伝い続く道は遮るものなど何もない。場所によっては道がどこまで続いているのか皆目見当つかないほどに見渡せた。時折姿を見せるヤクは、強烈な日に照らされていると同時に、パタゴニアを思い出すような風に晒されていた。自然の脅威を感じられずにはいられない道を必死で漕いだ。
昨晩は標高4000mあたりでテントを張った。まだ続く上り坂を数十分ほど漕いだとき、1台の車が僕の前で止まった。「乗ってくか?」と問うて来た30代であろう優しい顔をした男。精神的なしがらみが取れた中、これもまた運命な気がして車に自転車を積み込んだ。そこから15分程上ると峠の最高地点の標識があり、そこから下る道が始まった。
景色が一気に開ける。山の頂点を迂回するように続いていく道を見た瞬間、「下ろしてくれ!」と言っていた。この道を走らずして、何のために自転車を漕いでいるのか。男との出会いはほんの数十分になってしまったが、バナナを差し入れしてくれ、笑顔で送り出してくれた。
上ってきた道。
優しかった男。
この道を見たとき、思わず下ろしてくれと頼んだ。
標高4300mあたりのアップダウン。
見渡せる風景。
雲が手で届きそうなくらい近い。
ついに標高4700mの峠を越えた。
自転車と共に一枚。
日光と風に晒されているヤク達は平然と草を食べている。
日本の、群馬の草津と長野の長野市を結ぶ渋峠を通る道、を思い出した。尾根伝いの道と抜群の景色。
この道、写真だけ見ると気持ち良さそうだと思うかもしれない。だが標高4000mを超える遮るもののない高地には、想像を絶する風が吹いているのだ。偏西風の影響なのか、その半分以上は西風であり、西進している僕に対して真っ向から挑んできた。初めは景色の素晴らしさに酔っており、向かい風など気にならなかったのだが、途中からは修行のように感じられた。
まだ景色のすごさに酔っている頃、本日2台目の車が乗って行くかと声をかけてくれた。だがそのときの僕はこの道を逃すなんて勿体なさ過ぎる、と丁重にお断りした。後になり、このことを激しく後悔することになる。なんせ風が強くて進まない上に寒い。息が切れる。休める場所がない。だんだん日が落ちてきているのに、一向に標高が下がる気配がない。この風と寒さの中でテントを張るのは苦行である。兎に角進んで下らなければ。
景色というものは余裕がないと楽しめないもので、後ろから車が来る度に乗せてってくれないかなあ、と思っているのだから仕方がない。途中からは自転車を降りて押し続け、18時前に標高4718mの標識を見たときは、ほっと胸を撫で下ろした。そこからは一気に下って一安心。無事走り終えてみれば、本当に素晴らしい道だった。
チベットの道
・[チベット]1.全ては始まった
・[チベット]2.まさか再び会えるとは
・[チベット]3.何が足りないのかが分かった
・[チベット]4.そうは問屋が卸さない
・[チベット]5.必要な時間
・[チベット]6.チベットとはこんなところだよ
・[チベット]7.風邪+高山病+峠+夢
・[チベット]8.警察に連れて行かれた
・[チベット]9.思い込み
・[チベット]10.標高4000mにて絶景の道
・[チベット]11.チベット人の家に泊めてもらう
・[チベット]12.出発して5分後にチベット人の家に招かれる
・[チベット]13.鳥葬を見て死を想う
・[チベット]14.勇気ある撤退と旅のパートナー
・[チベット]15.チベット人の結婚式に参加
・[チベット]16.浴室に泊まる
・[チベット]17.チベットの家づくりに参加
・[チベット]18.チベットの学校潜入
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