新城総合公園において公園施設を設置・管理運営する事業者を募集!僕が使い方の妄想を膨らませてみた!【愛知県新城市】

どーも。公園が大好きな会代表のゆったり侍タカ(@viatortaka)です。

愛知県のなかで浜松寄りに位置する新城市。そこにある新城総合公園にて「公園施設を設置・管理運営する事業者」を募集している。自分にお金があるなら手を上げてみたいところだが、ない袖は振れない。

・新城総合公園において公園施設を設置、管理運営する事業者を募集します(愛知県公園緑地課)

県営都市公園において、公園施設を設置、管理運営する民間事業者を公募した事例は、名古屋市緑区にある大高緑地の「ディノアドベンチャー名古屋」に引き続く2件目。民間に任せる流れが新城市に来るのは面白い。

ちなみにディノアドベンチャー名古屋では恐竜18体がいる全長900mのコースが設置され、恐竜探検の森で収益化を図っている。新城だったらやっぱり鳥居強右衛門なので、彼を活かしてみたい。

ちなみに鳥居強右衛門とは武田の騎馬隊と織田・徳川の鉄砲隊が争った長篠の戦いで活躍した戦国時代の足軽。

鳥居強右衛門(wikipedia)

奥平家の当主であった奥平貞能の長男・貞昌(後の奥平信昌)は、三河国の東端に位置する長篠城を徳川家康から託され、約500の城兵で守備していたが、天正3年5月、長篠城は勝頼が率いる1万5,000の武田軍に攻囲された。5月8日の開戦に始まり、11、12、13日にも大小の攻撃を受けながらも、周囲を谷川に囲まれた長篠城は幸いにも防衛を続けていた。しかし、13日に武田軍から放たれた火矢によって、城の北側に在った兵糧庫を焼失。食糧を失った長篠城は長期籠城の構えから一転、落城寸前にまで追い詰められた。このため、貞昌は最後の手段として、家康のいる岡崎城へ使者を送り、援軍を要請しようと決断した(一方、家康もすでに武田軍の動きを察知しており、長篠での決戦に備えて同盟者の織田信長に援軍の要請をしていた)。しかし、武田の大軍に取り囲まれている状況の下、城を抜け出して岡崎城まで赴き、援軍を要請することは不可能に近いと思われた。

この命がけの困難な役目を自ら買って出たのが強右衛門であった。彼は雑兵・軽輩の類であったとされるが、一刻を争う非常事態である以上、身分をとやかく言っていられなかった。14日の夜陰に乗じて城の下水口から出発。彼は水泳を得意とする男で、川を潜ることで武田軍の警戒の目をくらまし、無事に包囲網を突破した。翌15日の朝、長篠城からも見渡せる雁峰山から烽火を上げ、脱出の成功を連絡。当日の午後に岡崎城にたどり着いて、援軍の派遣を要請した。この時、幸運にも家康からの要請を受けた信長が武田軍との決戦のために自ら3万の援軍を率いて岡崎城に到着しており、織田・徳川合わせて3万8,000の連合軍は翌日にも長篠へ向けて出発する手筈となっていた。これを知って喜んだ強右衛門は、この朗報を一刻も早く味方に伝えようと、すぐに長篠城へ向かって引き返した[2]。16日の早朝、往路と同じ山で烽火を掲げた後、さらに詳報を伝えるべく入城を試みた。ところが、城の近くの有海村(城の西岸の村)で、不運にも武田軍の兵に見付かり、捕らえられてしまった。烽火が上がるたびに城内から上がる歓声を不審に思う包囲中の武田軍は、警戒を強めていたのである。

強右衛門への取り調べによって、織田・徳川の援軍が長篠に向かう予定であることを知った勝頼は、援軍が到着してしまう前に一刻も早く長篠城を落とす必要性に迫られた。そこで勝頼は、命令に従えば強右衛門の命を助けるばかりか武田家の家臣として厚遇することを条件に、「援軍は来ない。あきらめて早く城を明け渡せ」と城に向かって叫ぶよう、強右衛門に命令した。こうすれば城兵の士気は急落して、城はすぐにでも自落すると考えたのである。強右衛門は勝頼の命令を表向きは承諾し、長篠城の西岸の見通しのきく場所へと引き立てられた。しかし、最初から死を覚悟していた強右衛門は、城内に向かって「援軍はあと二、三日で来る。それまでの辛抱である」と、勝頼の命令とは全く逆のことを大声で叫んだ。これを聞いた勝頼は激怒し、その場で部下に命じて強右衛門を殺した。しかし、強右衛門の決死の報告によって「援軍近し」の情報を得ることができた貞昌と長篠城の城兵たちは、強右衛門の死を無駄にしてはならないと大いに士気を奮い立たせ、援軍が到着するまでの2日間、武田軍の攻撃から城を守り通すことに成功した。援軍の総大将であった信長も、長篠城の味方全員を救うために自ら犠牲となった強右衛門の壮絶な最期を知って深く感銘を受け、強右衛門の忠義心に報いるために立派な墓を建立させたと伝えられている。

鳥居強右衛門は岡崎城~長篠合戦場までの65kmを往復した。敵に見つからないように川を潜ったりしているので、その65㎞のコースを今回の区画におさまるように縮尺し、鳥居強右衛門体験ができるようなアクティビティを提供する。

最後は磔にされ、「援軍はあと二、三日で来る。それまでの辛抱である」と叫べばゴール。完走した方には表彰状を渡す。年に1回は鳥居強右衛門レースとかやったら面白そうだと思うんだけどな。

鳥居強右衛門でなくても公園らしく(?)ガチなアスレチックあると楽しそう。つーかテレビで放送されている究極のサバイバルアタックSASUKEみたいなやつ置こうよ。あれやれるならお金払うでしょ。トレーニングした猛者が集まって何度でも挑戦するだろうし、素人でも興味本位で一度はやる。んでもって確実にフェイスブックやツイッターやインスタなんかのSNSに投稿するでしょ。動画撮ってYoutubeとか。

絶対流行る(確信)。

その他だと個人的な思い入れがあるのは謎解き。新城市の廃校や湯谷温泉街を使わせてもらって何度か企画したのだけど、常設の謎解きを新城市総合公園でおこなう。明治村がやっているようなオリエンテーリング形式で。明治村で体験すると入場料(1700円)+謎冊子(300円~1000円)の販売で1人あたり2000円くらいはいくし、僕のような謎解き好きはそのために毎回行くのでリピートが期待できる。

新城市を謎解きの街にしたいんだよね。自分も行きたいし、謎解き業者が公園で常設謎解きやってくんないかな~。

愛知県新城市を謎解きの街にしたいと思ふ

他だとどんなのがいいかなと思ってネット検索。立体公園とか緑地に砂漠を被せるとか実現可能性は別として面白い。こーゆうの作ってそこで謎解きやって欲しいよ。

・「立体公園アイデア募集」最優秀賞が決定しました。

逆転の発想? 緑地に砂漠を被せる斬新なアイデアの公園がアブダビに建設予定
(Images: Thomas Heatherwick

公園のいいところはお金をかけずに楽しめるという点にあるんだけど、満足度が高まるアクティビティが追加されると嬉しいよね。ヨーロッパの方だと毎日が花見みたいに使われていて非常に愉快だった。

ブダペストのおすすめ日本人宿アンダンテ[ハンガリー]

10

最終的には多くの人がふらっと集まる場所になると公共施設として大成功だよね。

どんな業者が来て、どんな事業をするのか楽しみ。

ちゃお!







古民家宿泊はじめました!

古民家タカハウスで宿泊事業をはじめました。良かったら遊びに来てください。語りましょう。ボードゲームやりましょう!


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

ABOUTこの記事をかいた人

管理人のたかです。1984年4月20日生まれ。不動産会社での開発業、自転車世界一周、地域おこし協力隊を経て、愛知県新城市の古民家で宿泊事業をはじめました。SNSでフォローしていただくと最新記事を読むことができます。よろしくお願いします。