早稲田大学の政治経済学部を選んだ理由

2013年10月12日に「東大起業サークルTNK10周年記念式典」に参加してきた。TNKは僕が創業メンバーのサークルである。

式典のことをブログ記事にしようかと考えたとき、TNKと僕の関わりから書き始めようとした。そうなると、結局のところ話は大学入学まで遡ることに気付く。TNKの10周年記念式典の話は別で書くとして、当記事では僕が経済学部を選んだ理由について書く。

東大起業サークルTNK10周年記念式典

経済学部の志望理由

理系か文系か。大学受験において進路を成績によって選ぶことは多い。明確にやりたいことがない場合は、特にそうだ。

僕は数学と物理が得意で社会が苦手という理系脳だった。8割の学生が理系学部を受験する愛知の東海高校に通っていたけれど、理数系の科目では上位にいた。中学の卒業論文はゲームプログラマーをテーマにしたし、人工知能に興味があったので、当然のように理系進学をするものだと思っていた。

転機は高校2年時の留学である。

高校2年時にオーストラリアのメルボルンにあるフォレストヒル高校(Forest Hill Collage)に1年間留学した。

その高校では授業はすべて自分で選択することになっている。日本の大学のような形式で、留学生は英語の授業(ESL)のみが必修だった。僕が他に選んだ科目は、数学、アート、体育、料理、ビジネス。英語を加えた6科目を履修した。

その中のビジネスという授業が滅法おもしろかった。

駅前にあるスーパーと駅から少し離れたところにあるスーパーを見に行き、人の入りを数える。もちろん駅前の方が客は多いのだが、家賃は高い。結局のところどちらが儲かっているのかを調べ、詳細をまとめてレポートにする。

日本のテストのための授業に辟易していた僕は、刺激ある授業を受け、学問とはこうでなくてはと感じたのだ。

留学時の教科書

つまり大学でビジネスを学ぼうと決めたのは、留学時に受講したビジネスという授業に因る。ビジネスを学ぶ学部を調べると、経済学部や経営学部が該当しそうであった。それらは文系の学部である。

帰国して日本で高校3年生に進学したときに、理系から文系のクラスへと鞍替えした。周りからは「なぜお前が文系に!?」と驚かれたものである。成績的にはどう考えても理系だったから。経済学部を受験するからと答える僕を不思議がっていた。

志望学部を決める前にやっておけば良かったこと

高校3年生として帰国したとき、友人らがみんな志望校や偏差値の話をしていることに驚いた。僕が留学に出た高校1年時に終わりにはそんな話題は出なかったのに、学校はすでに受験の空気を漂わせていた。

いきなり志望校を書かされるものの、大学なんて東大と京大と名古屋大学の3つしか知らない。そんな状態だった。

地元から出たかったので、とりあえず関東と関西の大学を見学することにした。関東に行き大学を巡り関西に行き大学を巡る。早稲田大学を一目見たとき、僕はここに行くべきだという直観が働いた。今振り返ると、大学巡りをしておいたことは大正解だった。

受験する大学(通いたい大学)がイメージできていることで、受験勉強に対するモチベーションを最後まで維持することができたからだ。

このときに授業にもぐりこむということをやっておけば良かったというのは反省点である。授業にもぐりこめると知らなかったから、どうしようもないのだけれど、そういう情報やツテがあったら助かったと思う。

というのは無事に政治経済学部に入学したあとに、授業が想像していたものと全然違ったから。

大学の授業は高校のときと変わらない座学だった。期待していたオーストラリアのビジネスのような授業とは程遠く、つまらなかった。少人数の学生で運営されるゼミに入れば違ったのだろうけれど、大学1年時にそんな情報を得ているわけもなかった、つまらない授業をさぼるようになり、経済学への興味は薄れていった。

自然人倶楽部というサークルでアウトドアにのめり込んでしまったため、キャンパスライフはキャンプ生活で埋め尽くされた。そして大学2年の終わりになり、ビジネスを学ぶために大学に来たんじゃなかったのか、と東大起業サークルTNKの創業メンバーになったのである。

続きは明日の「東大起業サークルTNK10周年記念式典」の記事で。

高校留学の体験談が本に掲載

「人生を変えた!オーストラリア・ニュージーランド高校留学―明日をみつけた若者たち」の中で8ページほど僕の体験談が特集されている。人生初のインタビュー記事。

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