日本人チャリダー林原太郎とペアラン[モロッコ]
エッサウィラでジュリアンと別れ、再び3人からタロウと2人になる。アップダウンのある海岸線の道を南下し、キャンプをしつつアガディールへ向かう。アガディールではマラケシュ以来のビールに舌鼓を打ち、惜しむことなく乾杯をした。 …
エッサウィラでジュリアンと別れ、再び3人からタロウと2人になる。アップダウンのある海岸線の道を南下し、キャンプをしつつアガディールへ向かう。アガディールではマラケシュ以来のビールに舌鼓を打ち、惜しむことなく乾杯をした。 …
ベルベル語で神の国を意味するマラケシュは、世界遺産に登録されている場所。特にメディナ(旧市街)は必見と言われている。メディナ内のフナ広場では夜になると屋台が並び、その活力と迸るエネルギーから来る客引きの力強さに圧倒された…
旅を始めてから697日目。 暫くの間、ブログのサーバーが故障していました。楽しみに見に来てくれた方、ごめんなさい。サーバーは大学の先輩に善意で管理してもらっており、逆に今までトラブルなく運営してもらっていたことに改めて感…
旅を始めてから683日目。 モーリタニアのヌアティブで嫌なニュースを聞いた。2人のフランス人がマリで殺されたという。情勢を改めて確認したところ、端的に言えばアルカイダと思われる勢力の動きが活発になっている様子。ヌアティブ…
アフリカは怖いというイメージがある。その理由の1つが「病気」なのは間違いない。日本にはない凶悪そうな病気が流行っていそう、病院施設がしょぼそう、という先入観はあながち間違っていない。勿論それは場所によるのだけれど、訪れる…
この旅は2009年の11月にアメリカからスタートした。走行を開始してほんの数日後に、道中で日本人チャリダーのヨシとカズに出会った。その後1ヵ月間を共に過ごすのだが、そのときにこんなことを思った。 「このペースで日本人チャ…
世界一周ってなんだろう。 2004年に僕は自転車で日本一周した。本土の最北端、最東端、最西端、最南端を回ることを日本一周と定義し、早稲田大学の大隈講堂を発ち、海岸線沿いをぐるっと回って大隈講堂に帰ってきた。地図に走行ライ…
モロッコの首都ラバトは、モロッコで一番大きい都市ではない。カサブランカの方が大都市だし、マラケシュよりも小さいように感じた。なんだか不思議な感じ。モロッコを旅する人の多くはラバトへ行かないようだ。空路のメインはカサブラン…
旅を始めてから674日目。 年末年始も自転車を漕ぎ続け、西サハラと呼ばれるモロッコに実効支配されている区間を抜けた。世界の最貧国の1つであるモーリタニアのヌアティブにいる。サハラ砂漠走行も約3週間となり全行程の3分の2を…
世界三大うざい人種、というのが旅人間で噂されている。 「インド人、エジプト人、モロッコ人」 フェズとは肌が合わないと感じた大きな原因はしつこく付きまとってきてお金を請求するモロッコ人だった。話かけてくるので適当にあしらっ…
モロッコにずっと行ってみたかった。なぜだろう。最も旅がしやすいイスラムの国、という話がきっかけだったように思うが今となってはよく分からない。詳しく知らないままに気持ちが先行した。モロッコへ行った旅人に出会うと興味津々にど…
ジブラルタル海峡から南に350㎞ほど走り、古都メクネスへやって来た。夕刻に街をふらふら散歩していると、道路脇で着飾った男女がわいわいがやがやと賑わっている。どうやら何かを待っている様子だった。 モロッコ人男性たちがパリっ…
旅を始めてから667日目。 あけましておめでとうございます。 2011年はベトナムから西へ西へと進んで行き、西サハラまでやってきた。そして2012年、僕の旅は終わりを迎える予定。ここ西サハラからセネガルへ南下し、タンザニ…
一時帰国の際に「ローマ人の物語」を読み始め、ローマ帝国への関心が高まった。文庫本で15巻くらいまで読み進めたところで再出発の日を迎え、続きがえらく気になっている。塩野七生が書いたローマの歴史小説は文庫版全43巻の大作。ロ…
旅を初めてから3度目の年を越す。早いものだ。今年は西サハラ、去年はベトナム、一昨年はメキシコ。な~んて書いてみると、世界を旅してきたことを実感する。 一昨年のメキシコではメキシコ人のエドガー宅で年を越した。現地人の慣習な…
出会いは突然やって来た。 ティトゥワンから65kmほど南下してやってきたシェフシャウエン(Chefchauen)に甚く驚いた。なんと、街が青いのだ。だがそれは青々しいわけではなく、基調としている白の中で青が映えている。そ…