自転車を起き上がらせるのに、腕の力を目いっぱいに使い、体の重心を背中側に持っていく。すぐに両手でハンドルを固定し、風に持っていかれないようにする。また倒れたら、一苦労は必至なのだ。
それはパタゴニア南部のフエゴ島を抜け、チリのプンタアレーナスからプエルトナタレスの間でのこと。フエゴ島を抜ける経過を、「洗礼」と題名を付けて一度はブログを書いたものの、本当の風の力を味わうこととなったのこの区間。斜め前方から吹いてくる風が強く、自転車を跨ごうと試みるだけで自転車と共に倒れる。片足のバランスでは風の力にいともたやすく体を持っていかれてしまう。当然のことながら自転車を漕ぐどころではない。歩こうとしても動けない。というか自転車を支えて立っているだけで精一杯。
頭を下げ顔に直接風が当たらないようにし、両手でハンドルをしっかり固定する。60kg程度の大荷物が風を受けているのだから、バランスを取るだけでも大変。風が弱くなったときに歩くのだ。気が遠くなるような作業。休みたくなるが、遮るものが何もないので、座ってみても全く休まらない。寒い。停滞しようにもこんな風の中でテントを張ったらぶっ壊れる。時折車が隣を駆け抜けていくものの、孤独を感じた。
自転車に乗っていると、上り坂って大変じゃない??と聞かれることがあるが、本当に辛いのは風だということを伝えたい。神経がやすりで削られているかごとく、すり減らされていく。自転車を押して歩いていると視界に入った草達。この爆風に日々揺らされつつも、しっかり根を張って育っている草達に尊敬の念を抱く。彼らの風が向う方向に向けて斜めに伸びている姿を見て、自然に逆らわず、順応しているような印象を持つ。それに比べて、この風の中を切り開こうとしている自分は一体なんなんだろう、なんて考えていた。
そんなときに前方にハザードを点滅させた車が止まった。
車から降りてきた男の親指が進行方向を指していたことは、
「乗っていくか?」
というメッセージを僕に告げていた。
「si」
躊躇はなかった。つまらない拘りもなかった。
僕は自転車で全ての道を走るために旅をしているわけではない。
旅を面白く過ごすために自転車で移動しているのだ。
載せてもらった車の中は温かく、閉鎖された空間が安心感をもたらした。ほっとした。
載せてくれた男は言った。
「風速90km/h程度の風が吹いている中でよく自転車を漕ごうと思ったな。クレイジーか??瞬間的には150kmくらい吹いてるぞ。」
台風の風速ってどんなもんなんだろう、と思った。wikiの台風によると150km吹いていたら、強い台風、に分類されるらしい。合点がいった。どうりで。
ハンドルを常に左に傾けているのに真っ直ぐ進む。なぜなら左側から風が来るから。
子供がかわいかった。
プンタアレーナスから発った初日に泊まった小屋。風を遮ってくれるだけで幸い。
プンタアレーナスで泊まった宿の猫。癒された。
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