ビクトリアフォールズには、正直なところ、期待していなかった。大学時代にアルゼンチン・ブラジルで「イグアスの滝」を見て、これを超える滝が世界にあるとは思えなかったからだ。アルゼンチン側にある悪魔の喉笛と呼ばれる最も水量の多い場所で立ち尽くした僕は、数時間動くことが出来なかった。流れ落ちる水を目で追っていると、現実ではない場所にいる錯覚を引き起こし、夢想の世界との狭間を行ったり来たりすることになった。
それ以来、滝を見たときの感動が薄れてしまった。気付くとイグアスの滝と比べている。それに匹敵する滝と巡り合うことなどない、と認識してしまった。一流のものを見て目が肥えることは人生の感動を減らすことと同義で、良くないことと考えたこともある。今は、目が肥えると真に素晴らしいものと出会ったとき感動は増すし、それぞれの良いところを見つけられるようになる、と思っているけどネ。
ウガンダから南アフリカへ行くと決めたとき、次の目的地はビクトリアフォールズだった。ウガンダの首都カンパラから南アのゴール地であるケープタウンまでの間で唯一の外せない場所がビクトリアフォールズだったにも関わらず、期待していなかった。というのは、世界三大瀑布であるイグアスの滝とビクトリアフォールズとナイアガラの滝は見ておく必要があったからだ。
イグアスの滝以上のものはないと思いつつも、並列されている残り2つの滝を見ずに世界の滝を語ることは出来ない。なんだかんだで滝は好きだし、おさえておかなきゃなといった具合。そんな気持ちでビクトリアフォールズへ向かったわけ。
それが、どんでん返しもいいところ。もう、驚いた。ビクトリアフォールズはすごかったのは勿論だけど、甚く感動した自分に驚いた。ビクトリアフォールズすげえ、なんじゃんこりゃあ、と。圧倒的な水量とその轟きに興奮し、腹の底から込み上がる熱量にびっくり。イグアスの滝のときにも味わった、恍惚に身を任せるしかない状態。
ビクトリアフォールズを目の前にしたときは、イグアスの滝と同等かそれ以上だと感じた。滝の跳ね返りの水がシャワーになっており、石けんを持ってくれば宿のシャワーより良い具合に全身を洗えそうだった。それほどの水量なので、滝は全然見えない。けれど、その迫力に痺れた。
後から思うに、イグアスの滝もビクトリアフォールズもどちらも遜色ないレベルですごい。思い返せばイグアスの滝の悪魔の喉笛の水量も半端なかったし、4kmの幅がある滝を遠目から眺めつつ歩くブラジル側も数多くの虹がかかっており素敵だった。
今回行き残したビクトリアフォールズのジンバブエ側にはいつか訪れることになるだろう。もう一度行きたいと思っているイグアスの滝にも訪れる日もきっとやってくる。なんだかんだいって、滝が好きなんだよね。
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