人生の連続性と目標設定:「今を楽しむこと」と「将来のための投資」のバランスについて

わくわくパンダさん日記の「人生の連続性と目標設定について」という記事を読んだ。

人生の連続性と目標設定について

突き刺さる内容だったので、まずは紹介したい。

おじさんになると、自分が社会人だから、社会人を主体とした話をしがちになる。社会に出てからが人生の本番であって学生時代はその準備期間にすぎないとでも言いたげになる。学生時代にそんなふうだと社会に出てから苦労する〜みたいな論調になる。

そういうロジックの人は、幼稚園児には小学校が本番だっていうし、小学生には中学校で勉強に遅れるぞみたいにいうし、高校では大学受験を正当化するためにいろんな不合理を押し付けると思う。

いろいろな考え方があると思うけど、未来が本番で現在は仮の姿であるみたいな考え方は、僕はあまり好きじゃない。人生の連続性を無視してると思う。時間がたって、今想定している未来になったとしても、そのときはその時点が現在になっている。未来は現在の連続によってたどり着くものだし、いつだって現在を生き続けるしかないのに、現在の幸福を軽視するのは意味がわからない。幸福な人生を望むなら、いまこの時点において幸福を得ることを知らなければ、いつまでたっても幸福を感じることはない。

将来苦労するから今頑張れっていうのは、まっとうな理屈だとは思うけど、今をどの程度犠牲にして将来の蓄えにするかというのは、その人の人生観の話だから、押し付けるのはよくない。 個人的には、80%くらいの力で今を楽しんで、20%の力で将来のために投資するというくらいのバランスが自分に合ってる。本当は100%いまを楽しんで、投資とかだるいからやりたくないのが本心だけど、一年後も楽しんで暮らすにはちょっとずつ投資しないとまずいということを経験的に分かってるので、20%くらいならやってもいいかと思ってやってる。

すごく的確なことを言っている。

「今を楽しむこと」と「将来のために投資すること」のバランスが人生観なのだが、根本的にこれを分かっていない人は結構多い気がする。

割り振りをするという感覚を持っていないため、「将来のために投資すること(だるいからやりたくないこと)」を避ける。しかし、しかしだるいことをやらなければならない、という感覚はもっているため、うだうだと無益な時間を過ごす。

投資をしないのならば、今を楽しむ時間にする方がいいはずなのだが、それもしない。そこには罪悪感があるようなのだ。

そういう人はおそらく「70%くらいの力で今を楽しんで、30%の力で将来のために投資しなければならない」と思っている中で、実際は「60%くらいの力で今を楽しんで、10%の力で将来のために投資し、30%くらいを無駄にする」。バランスという概念に欠けるために生じている。

この記事を書いたかたが今と投資を8:2にしてバランスを取ったように、人生を有意義にするための自分にとってのバランスはどのあたりかを探る必要がある。

気持ち良く生きられるところを探り、楽しむときは楽しもうではないか。みんなでいるときに楽しむ時間への罪悪感をもってくるのは、よくない。

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