選択の科学から紐解く「日本人が幸せになれない理由」

2009年~2012年の2年半ほど自転車で世界一周をした。僕のような一般人に世界一周という選択肢がある日本は豊かな国であり、恵まれている。しかし、帰国してから感じていることは、日本で生活している人が日本より貧しい国の人々と比べても幸せそうに見えないということだ。

「経済的に豊か」を別の言葉で表すと「選択肢が多い」となる。

カンボジア人のほとんどはiphoneが買えないが、日本人なら手が届く。セネガル人が冷房が効いている部屋を望むことは難しいが、日本人なら冷房が効いている部屋に住むことは普通だ。ネパール人が海外旅行に行くことはまずないが、日本人なら年に一度くらい行くことは可能だろう。

経済的に豊かで選択肢が多いことは、どう考えたっていいことのように思える。我々は恵まれているのだ。けれども幸せに見えない。なぜだろう?

その1つの解として「選択の科学」が答えを示している。

選択の科学
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選択肢が増えすぎることは幸せにつながらない。豊かな国日本は選択肢が多すぎるのだ。

数多くの選択肢の中から最良のものを選びだすのは容易ではない。選ぶ時間は増え、選んだ後にも迷い、ときに後悔するだろう。世の中にあふれるモノを選びだすときにも該当するし、人生の進路を決めるときもそうだ。

例えば日本で現状行われている大学在学中の就職活動。いざ就職するとなったとき、世の中には数多くの仕事があることに気付く。同様の仕事でも、数多くの会社がある。それらのどこでも自分が働けるかもしれないと考えたとき、選択肢は膨大だ。とてもではないが調べきれないし、自分にどこがふさわしいか分からない。数多く仕事のなかから選べることは幸せなことのはずなのに、結果的に幸せな選択ができずに終わる。

では選択肢が少ない貧しい国のほうがいいのか。

選択を行った際の幸せは、自己決定感にあると言う。例え選択肢が少なくても自分の人生を自分でコントロールしている感が大事なのだ。そう考えると、自分にとって十分に吟味できる範囲内の選択肢があり、それに納得している方が幸せな可能性は十分にある。

日本人が幸せに見えないのはそういう理由な気がする。

人には選択したいという欲求がある。選択肢を増やしても何の利益も得られない状況、つまり余分な時間や労力がかかるだけ、という状況でさえ、本能的に選択の幅を拡大しようとする。

お金はあればあるだけいいよね、というのも本能的に選択肢を増やしているのかもしれない。選択を増やす欲求をかなえることで最良の選択をしずらくなっていく。選択が目的を達するための手段ではなく、選択それ自体に価値を見出す。

実験によって、人は比較的少ない数(4~6)の選択肢を与えられた場合、多く(20~30)の選択肢を与えられた場合よりも、実際にどれかを選び取る可能性が高く、自分の判断に確信を持ち、選んだものへの満足度が高いことが一貫して実証されている。

モノを買うときにせよ、就職活動をするときにせよ、30以上の数の中から選ぶことがほとんどである。選択肢が多すぎる世の中を幸せに生きていくためには、意識的に選択肢を減らすことが必要なのかもしれない。

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