マサイ族が携帯電話を持ち警備員をする時代

タンザニアのアルーシャからケニアのナイロビを繋ぐ道は、相当数のマサイ族の人々(以下マサイ)が住む。特にタンザニア側での数は顕著に多く、自転車で走っていて見かけた数は数え切れない。

マサイは日本で有名である。タンザニアに来るまで知らなかったのは、彼らがいたるところにいること。マサイ村を訪れなくても、ダルエスサラームにも、モシにも、アルーシャにも、自転車で走ってきた小さな集落にも、どこにでもいる。奥地で動物を狩って暮らしているのかと思っていたが、そんなことはない。都市に出稼ぎにきているのだ。マサイの多くは携帯電話を持って宿やレストランやスーパーなどの警備をやっている。彼らの警備能力には一目おかれている様子。さすがマサイ。

なんつーか、見かけすぎてなんとも感じなくなってしまった。マサイ村に行かなければ会えないとかいう条件があったら、マサイを見たい、マサイの写真を撮りたい、とか思うんだろうけどさ。そこらへんにいるし。

都市部のマサイとこの道で出会ったマサイを比べると、後者は前者よりも幾分か素朴な感じ。笑顔で手を振って挨拶をしてくれる人がほとんどで、マサイの赤を中心に彩られた服を楽しみながら気分良く走ることが出来た。

写真を撮っていいか聞くと大概の場合はお金を請求されるので写真はないけれど、女性の服がダルエスサラームなどの南部と比べてよりカラフルになった。女性の服は赤と紺を使うのが基本だと思われる中、水色や黄色などのカラーも使われるようになって、より一層目を奪われる。

アルーシャからナイロビに続くマサイだらけの道は標高が2000m近くあり、海近くのダルエスサラーム付近の道より随分と涼しい。アルーシャで降り続いていた雨もぴたっと止まり、いい感じでナイロビを目指した。


アルーシャバックパッカー。同じ値段でも部屋の大きさが全然違うので注意。途中で部屋を替えてもらった。


ダルエスサラーム付近と比べると標高が高いので、日射は強いが暑さは緩和された。


バオバブの実。セネガルで始めてバオバブを見たときはまじで感動した。(記事「ちょ、バオバブがあるなんて聞いてないんだけど」はこちら)


ぱさぱさしている。駄菓子屋に売っている安い粉末ジュースのもと(レモン味)のような感じ。


食べていたら近づいてきたのでおすそわけ。彼らも食べるの始めてのようだ。


写真の彼はマサイ。民族衣装を着ていないのはなんでかたずねると、「道路工事には適していないから」だってさ。ごもっとも。


ポレポレ、とはゆっくりの意。お気に入りの言葉。


マサイのマーケットと遭遇。


自転車を押し進めながら中を巡回。すごく目立つので、マサイに囲まれてちょっと怖かった。襲われたらどうしようもないな、と思いながら見て回る。ちょっと仲良くなってから写真を撮っていいか聞いても、マネー、ということです。ハイ。


こちらはカナダ人によるチャリティゲストハウスだった。


テント泊だけど10000シリング(約500円)と高い。


チャリティの趣旨に賛同し、ここでご飯も食べることにした。夕食。


走っていたら両手で持ち切れないみかんをくれた彼ら。お金にがめついタンザニア人でそんな人がいるっていうことに驚くと同時に、だからこそ嬉しさ倍増だった。


マサイの様子。


キリンが道を横切っていた。車がクラクションを鳴らしたため、道脇に逃げたところを激写。サファリしなくてもキリンが見れるなんて、ビバ自転車旅!


この先がケニアとの国境。

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