アウシュヴィッツ強制収容所で感じる人の危うさ[ポーランド]

アウシュヴィッツ強制収容所を訪れるためにポーランドまで北上してきた。人との出会いをテーマにしたヨーロッパの中で、人に因らない目的地は数える程。わざわざ立ち寄った価値があると感じる程のインパクトがあった。未だに思考が整理出来ていないけれど、頑張って少々は文章にしようと思う。

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資料が多く紹介されている第一強制収容所を先に回った。写真はほとんど撮らなかった。というより撮れなかったのだと思う。敷地内に立ち行ったときから異様な空気を感じた。それは本能的なものなのか、知識を持っていたからなのかは分からない。ただ、身体の奥底が一瞬で冷えた。その空気に慣れるまで、カメラを取り出す気が起きなかった。

展示されている多くの顔写真を見ていると、恐ろしい程のリアリティがあった。収容人数は数万人でした、と書かれている数字は、当たり前だけれど1つ1つ顔があり、1人1人の人生がある。それを改めて、否応なしに思い知らされた。言葉にならなかった。ただ、苦しかった。

人とはなんなんだろう。人間の恐ろしさ、人間の危うさ、そして己が秘めている脆さを感じた。1時間も見て回っていると、顔写真を見ても心を動かされない自分を発見した。きっとそれは防衛本能であり、感情を麻痺させたのだと思う。見ておかなければならない、逃げてはならない、という何かに突き動かされて、精いっぱいの力を振り絞って回った。訴えかけてくるものに気付かなければならないと思った。

訪れても気分が上がることはない。ただ、何かを感じるはず。行く価値はある。

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