河口慧海のチベット旅行記のような気分(康定)

旅を始めてから353日目。

「複数の問題を俯瞰的に見て、どのような道を歩むか決断しなければならない。」

2月20日に成都での居心地の良い宿を力強く振り切って、自転車を漕ぎ始めた。中国ビザ問題と旧正月によっての香港滞在が長引き、また成都でカメラの盗難に合ったことにより、自転車を漕ぐのは1カ月ぶり。

進路を西に向け、標高500m程度の成都から標高2600m程度の康定まで登って来た。その間330kmの途中には1つの峠があり、標高2200mまで一旦上がった後に、1400mまで一気に下って、再び2600mに行くまでの上り坂が続いた。ここからはこのようなアップダウンが標高3000~5000mで繰り返されることになる。酸素の薄さってどんくらい影響すんのかなあ。

康定でビザの延長とその期間や内容が分かったので、ようやく最終的なネパールへ抜けるプランが立てられる。大きな問題は1つで、どのタイミングでビザの延長をするか。それに付随する懸念事項と合わせて、どういう道を歩むかを決断する。煩わしいことも多い反面、こうやって計画しているときも楽しいんだよね。それも含めて旅ってことだろう。

今読んでいる本が、日本人で初めてチベットを旅した河口慧海のチベット旅行記。その河口慧海が、チベットに行くのは死にに行くようなものだ、といわれてこう切り返している。

「死ねばそれまでのこと。日本にいたところで死なぬという保証はできない。向こうへ行っても必ず死ぬとは決まっていない。運に任せてできうるかぎりのよい方法を尽くして、事の成就を図るまでのこと。」

今チベットを旅行しても死ぬことはまずないと思うが、運に任せてできうるかぎりのよい方法を尽くして、事の成就を図るまでのこと、という姿勢を見習いたい。

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