シアトルの裁判所で傍聴[アメリカ]

シアトルにいる間、後輩のアヤカちゃんにも大変お世話になった。タナカがインターンや大学で忙しいときに、いろいろなイベントに誘ってくれた。その内の2つが裁判所とバーベキュー。裁判所なんては普通に旅をしていたらなかなか行かないところ。両方とも彼女のつてでの参加で、ちょっと違った面白味があった。

東京にいたときから裁判を傍聴しに行きたいと思い続けていたのだが、うまいこと機会をもてず仕舞で東京を出ることになった。東京に遊びに行くときに時間があったら行ってみようという中、アヤカちゃんがシアトルで裁判所に行くという。聞いてみると彼女のホストマザーが裁判所で働いているとのこと。海外の裁判所なんてわくわくするじゃないか。またとないチャンスだと思い、二つ返事で参加表明した。

シアトルの裁判所

裁判所に入ると簡単な荷物チェック。空港と同じような感じ。アヤカちゃんのホストマザーに案内してもらい裁判をいくつか傍聴する。静粛な雰囲気が漂う中、たんたんと主張が繰り広げられる。裁判所内をたむろしている人の顔つきがちと悪いのと、女性の裁判官が男性より多いことに気付く。前者と後者は日本でも同じなのだろうか。確かめてみたい。

司法試験に合格し研修を受けている仲の良い友人を思い出した。試験に合格した日に彼女にプロポーズし、翌日に籍を入れるという恐ろしくかっこいい奴。そんな彼が裁判官になるかも、なんて言っていた。年間100名程度の枠に入れそうとのこと。裁判を傍聴する中、裁判官って大変だろうななんて思いを馳せていた。

そもそも人が人を裁く、ってことが重責なはず。加害者と被害者のことを思うだけでも精神的にタフじゃないとだめだろう。その中でもちろん恨みを買うことだって多々あるはず。それが日常になる。飲み屋で仕事の内容をぺろっと口に出すことも出来ないし、第一どこで誰に見られて聞かれているかわからない。人を裁くものとしてのモラルも求められる。

死刑判決をするかもしれない裁判を担当したらどうだろう。死刑を言い渡すということはどういう気持ちになるのだろうか。もちろん直ちに死刑執行なわけではないし、釈放されたりすることもあるのだが、それでも死の宣告をするわけである。またどんな刑であっても裁判に不満があった人々の怒りの矛先が裁判官に向かうことはないのか。関係者全員ありえるわけで、誰に襲われるか分からない状況ってなことにはならないのか?

また、罪を犯してない人に誤審してしまう可能性は常にゼロではないわけである。それである人の人生を狂わすなんてことがありえる。罪の重さ、軽さによってもその人の生き方を大きく左右する中で、決断し続けるストレスは並たいてのものではないはず。裁判員制度も始まったが、あれによって裁判官の負担も増えているだろう。

そんなことを考えながら裁判を聞いていた。裁判を行っている部屋を見回してみると一部屋に絵が2枚ほど飾ってある。何部屋か見て回ったのだが、統一感がなく好きな絵を選んでいるように思った。赤と紫で渦を巻いている絵があり、もっと落ち着きそうな色合いとかのが良いのでは、なんて下世話なことを考えた。

その後にホストマザーの紹介という理由で地下の牢屋を見せてもらった。監視室にはモニターが数重並んでおり、ガラス張りの部屋からは実際に囚人が入っている様子が見える。後ろでに手錠をかけられた囚人を目があった。滅多に見れない場所を見学させてもらい、非常に興味深い体験だった。

日本でも一度見に行こう。そう思った。

裁判漫画 裁判長!ここは懲役4年でどうすか

ちなみに裁判の漫画の
「裁判長!ここは懲役4年でどうすか」
が結構面白い。

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